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2006年4月26日 (水)

この時期になると思い出すこと

 毎年、ゴールデンウィークが近づくと思い出す後輩がいます。

 彼は、私が大学4年のときの1年生。同じセンターを守っていたのですが、高校時代には「あと少しで甲子園」というところまでいった強豪高校の主将でしたから、私も随分期待していたのと、「レギュラー獲られちゃうかも?」というライバルでもありました。ですから、ポジション的には私の控え選手という位置づけで、1年生からベンチ入りしていましたので、彼のことは何かと面倒を見ていました。

 私が卒業して3年目、彼は4年生になっていて、クリーンアップを打つチームの主力に成長していました。そして、その年の今頃の時期です。大学の監督から急に呼ばれた時のことは今でもよく覚えています。・・・彼は胃癌を患っていたのでした。

 既にかなり進行していて、手のつけられない状態で、若いこともあって余命数ヶ月ということでした。ご家族としての判断は、病名は本人に言わずに最後まで「好きな野球をやらせよう」ということでした。監督もそのご家族のご判断を尊重し、いつもと同じように大会に臨むことにしました。

 その後入退院は繰り返していましたが、抗がん治療が効いたのか、彼の精神力だったのか、春季大会はなんとか普通に出場できました。余命と言われた期間も何とか過ぎましたが、さすがに最後の夏の大会ではやせ細り、とても野球をできる状態ではありませんでした。それでも彼は、大会に最後まで参加しました。

 そして彼が現役最後の試合。監督は、最終回に彼を代打に送りました。とても打てるような状態ではありませんでした。・・・もちろん、力なく凡退してしまったのですが、これが彼の最後の打席となってしまいました。1塁まで懸命に走る姿は今でも目に焼きついています。

 彼の病名を知っているのは、このとき監督と主将、そして私だけでしたから、その打席をスタンドで見ていた私こそ咽び泣いていましたが、監督や主将はベンチで気丈に振舞っていたそうです。

 監督はそれだけではなく、彼の就職活動もサポートし、本来ならばとても就職などできる状況ではなかったのですが、某銀行の人事部に掛け合って彼の元に「内定通知」を届けたそうです。

 夏が終わり、やはり彼ももう限界。最後は集中治療室へ入ってしまいましたが、痛みを抑えるため大量のモルヒネを投与していました。そのため一種の幻覚症状なのでしょうが、酸素テントの中で夢中でボールをキャッチしたり、バットでボールを打つような仕草を見せていました。彼のお母さまも「いつもテントの中で、野球ばっかりやっているんですよ」と涙ながらにも嬉しそうにしておられました。 「お前、本当に野球が好きなんだなぁ」と思い、私もその場で大泣きしてしまいました。・・・そして、この最後のお見舞いの数日後、枯葉舞い散る季節を前に帰らぬ人となってしまったのです。

 毎年この時期、彼のことを思い出すたび、「野球をできる幸せ」をかみしめています。

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“一球入魂”お願いします

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コメント

野球ができる幸せ、今日も感じさせていただきました。
涙ポロポロです

投稿: metoo | 2006年4月26日 (水) 11時30分

 生きている、生かされている幸せ。その上野球までできる・・・。私たちは本当に恵まれています。
 貴重なお話しありがとうございました。

投稿: 四十肩コーチ | 2006年4月26日 (水) 12時30分

 まるでドラマのような話。。。
(; ;)ホロホロ
親としては、アホでも良いから無事に育ってほしいですね。

投稿: フルコーチ | 2006年4月26日 (水) 13時09分

彼のように「何か」を一途に思い続けること。
最近何かと誘惑の多いご時世、子供たちはいいかげんな毎日を過ごしているように思えてなりません。
そして、私も・・・
いろいろ考えさせられるお話でした。ありがとうございます。

投稿: さとる | 2006年4月26日 (水) 13時19分

もしこの話がテレビドラマだったら私の嫌いなストーリー展開です。でも、事実なんですもんね。いたたまれない気持ちです。本人、それにご家族、関係者の方々は、さぞかし悔しい思いをされたことでしょう。

私はこうやって生かされていて、何気なく日々を過ごしている。そして、どうでもいいことをくよくよ悩んでいる。もっと、真剣に人生を考えなければいけないですね。天命だったのでしょうが、神様は時に本当に残酷なことをするものですね。

投稿: 星 十徹 | 2006年4月26日 (水) 14時27分

★metooさん、ありがとうございます。

何故かGWのこの時期になると思い出してしまいます。おとなしいけど、闘志あふれるいい選手だったんです。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月26日 (水) 15時02分

★四十肩コーチさん、ありがとうございます。

お互い、四十にもなってボールを追いかけることができる幸せをもっと実感しましょう!
いつか、うちの子どもたちにもこの話してみようと思っています。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月26日 (水) 15時05分

★フルコーチさん、ありがとうございます。

実は私の義父も最期は「酸素テントの中で、モルヒネ漬け」でした。大酒飲みだったのですが、お見舞いのときに一升瓶持っていったら、無意識の中で栓を抜こうとしていました。
人間って、最後に本性というか、一番やり残したことを後悔するんですかね?

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月26日 (水) 15時08分

★さとるさん、ありがとうございます。

彼が野球に一途だったのか、自分の死期を知っていたのかはわかりませんが、「どうしても野球やりたかった」ことは事実だと思います。
短い人生だったのですが、熱中することがあった彼は幸せだったかもしれません。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月26日 (水) 15時11分

★星さん、ありがとうございます。

彼の親御さんとは、彼が病気になってからしかお付き合いありませんでしたが、本当に気丈な方でした。葬儀でも全く涙を見せずに、ず~っと彼の監督や友人・後輩に感謝の言葉を言い続けていました。
すでに「覚悟」していたからなのだと思いますが、私が今そんな立場だったらとてもそんな風には出来ないでしょう。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月26日 (水) 15時17分

私も息子の年代の子の中で審判できることの幸せを、もっとかみ締めねばなりませんね。
一年の内で”生”の息吹を最も感じ取れるこの季節に、息子さんの「最後通告」を受けながらも野球を続けさせてあげた親御さん。
その事を聞いていながら(聞いていたからこそ)試合に使ったり、就職の内定を掛け合った監督さん。
そしてそんな方々から信頼されている【少年野球コーチ】さんの人格・人間性を窺い知ることのできるエントリーでした。

投稿: 日ノ本 盛 | 2006年4月26日 (水) 16時15分

涙が止まりません。
26歳で肺癌で亡くなった私の兄を思い出しました。兄はサッカーとキャンディーズが大好きな人でした。兄は自分で親孝行出来ない分、亡父と母が寂しくないようにと、沢山の自分の友達を残してくれました。

今でも年会には沢山の同級生が集まってくれますし、命日やお彼岸などにはお墓参りに必ずどなたかが行って下さってます。もう18年も経つのに、いい年した親父たちが兄の思い出話をしながら声をあげて涙してくれます。本当に有難い事だと思っています。

投稿: ハッシー | 2006年4月26日 (水) 17時23分

健康で野球が出来る幸せというのは何者にもかえがたいですね。
私も思わず亡くなったコーチを思い出しました。

病気が進んでから 気分転換に呼んだ紅白戦で始球式をしてもらいましたが
ボールがホームまで届かないのを見て後ろを向いて泣いたことを思い出しました。

でも野球がどのくらいコーチの支えになった事でしょう。きっと後輩の方もそうだったでしょうね。

思い出されないことが一番寂しいことかもしれません。いつまでも忘れずにいたいですね。

投稿: 健の母 | 2006年4月26日 (水) 21時53分

初めまして。

いい話を聞かせてもらいました。ありがとうございます。

彼は、いまごろ、天国で大好きな野球をやりまくってますよ、きっと。

投稿: | 2006年4月26日 (水) 22時35分

★日ノ本さん、ありがとうございます。

私が事情を知らされた理由は、試合結果に(「なんであいつ使うんだ」とか)うるさいOB連中を黙らせる役目だったからなんです。
監督は普段は寡黙で“非情”な側面を見せるの人なのですが、根は芯の通った素晴らしい方でした。既に70歳を越したと思いますが、まだ「総監督」やっています。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月27日 (木) 08時21分

★ハッシーさん、ありがとうございます。

そうでしたか、お兄様が若くして亡くなられているんですね。でも、ホントにそんな時、友だちっていいですね。
日々、仕事に追われる生活ばかりだと、そんな「大切なこと」を忘れがちになってしまいます。GWもあまりゆっくりできそうにもありませんが、少し色んなことを考えてみたいと思います。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月27日 (木) 08時28分

★健の母さん、ありがとうございます。

>思い出されないことが一番寂しいことかもしれません。いつまでも忘れずにいたいですね。
私も本当にそう思います。

私が大学卒業したときにもらった色紙に、彼の直筆の言葉が残っています。もちろん、まだ元気なころのものですけど、「ありがとうございました」と書かれたその文字を見るたび、彼の笑顔を思い出します。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月27日 (木) 08時34分

★大さん、はじめまして。

あの「酸素テントの中の野球」は忘れられません。きっと今では、野球漬けの毎日かもしれませんね。

投稿: 少年野球コーチ | 2006年4月27日 (木) 08時40分

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