スポーツ

2008年7月 4日 (金)

ムエタイ

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 ムエタイってご存知ですか?格闘技の一種でタイの国技です。(→Wikipedia「ムエタイ」)
 
 「キックボクシングじゃねぇ~の?」と思った方・・・ちょっと違います。「沢村忠は?真空飛びヒザ蹴りは?」と思いついた方・・・私と同年代です。(爆)
 
 
 実は、今度の日曜日、ちょっと仕事の関係で、このムエタイの大会に行ってきます。野球はお休みしなきゃなりません。特段興味があるわけじゃないですけど・・・、野球以上にハマったりして。(笑)
 
 
 大会要領はこちら↓です。当日券もあるようなので、興味のある方はどうぞ

 

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2008年5月 5日 (月)

長野 聖火リレーの“真実”

 先日長野で行われた北京オリンピックの聖火リレー、多少の混乱はありましたが、無事にリレーは繋がりました。しかしながら、舞台裏ではあまり報道されていないような事態が起こっていたようです。

 昨日の産経ニュースには、次のような記事が掲載されていました。

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2007年8月30日 (木)

努力は運を支配する

 

 早稲田大学ラグビー部や全日本の監督も務められた日比野弘氏の座右の銘は「努力は運を支配する」だそうです。

 これは、昨年亡くなられたラクビー界の至宝 宿澤広朗さんの言葉です。

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2007年1月12日 (金)

チーフ・マネージャー

 元東大総長の蓮實重彦(はすみ しげひこ)氏が、日経新聞のスポーツ・コラムで、「『監督』を追放せよ」と題して面白いことを書いておられました。

 蓮實氏の“本業”は東大名誉教授(表象文化論)ですが、「草野進」のペンネーム(?)で『どうしたって、プロ野球は面白い』、『プロ野球批評宣言』などの本を書いており、“野球通”としても知られています。

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2006年8月 2日 (水)

何で?

 私も日本人です。亀田興毅が嫌いだからと言って(→こちらへどうぞ。(笑))、さすがに今日の世界戦は亀田を応援していましたが、さすがにあの「判定」はないでしょ!

 明らかに負けていましたよね。もしかしたら、ボクシング素人の私がそう思うだけなのかもしれませんが、ジャッジ発表前は解説者達も明らかに「亀田はよく頑張った」モードでしたし・・・、呆れました。

 細木数子が微妙になって、亀田兄弟にしか命運を託せないTBS。・・・視聴者をバカにするのもいい加減にしてほしいものです。

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2006年6月29日 (木)

メディアの稚拙さ

 サッカー・ワールドカップで日本が負けて、マスコミの話題は早くも「次期監督」ですね。これもサッカー協会の“ファインプレー”なのでしょうか?・・・それにしても、いつも思うのは、トリノ・オリンピックの時にも感じた“スポーツマスコミの稚拙さ”ではないでしょうか?

 トリノのときにも書いた覚えがありますが、もともと今回のワールドカップで日本が1次予選を勝ち抜ける確率は、そんなに高かったのでしょうか?

 私はサッカーに関して素人ですけど、海外メディアやイギリスのブックメーカーなどの予想では“オーストラリアよりも下”でした。サッカーの解説者なども、本当は「負けるんだろうなぁ」と思っていても、番組の都合上「2位通過」と言わざるを得なかったんでしょう。セルジオ越後さんや中西哲生さんなんかは、素直に「予選通過は難しい」と言っていましたが、多くの迎合解説者は違いましたね。

 そして、“予想どおり”敗退。何か、ジーコが“大嘘つき”で“無能・無策”だったかのような扱いですが、彼らは全力で戦ったのは事実ですし、大きな期待をかけたメディアが悪かっただけではないでしょうか?

 これは日本人の特異性なのかもしれませんけど、もっと何事にも冷静に対応しなければいけませんね。危険な兆候で、日本のメディアの稚拙さの象徴だと感じます。・・・これはスポーツに限ったことじゃありませんから、なおさらです。

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2006年6月15日 (木)

サッカー ワールドカップ

 うちの愚息、練習中にゴロがイレギュラーして鼻に当たり、ユニフォーム血だらけ、鼻は腫れあがり変な外国人のオッサンのような顔になってしまいました。まぁ、プレーには支障がないようなので、今日もしっかり練習に出掛けました。(と言うか、授業もありますけど・・・)

 息子は野球少年として育ってきましたが、意外とサッカー好きでもありまして、結構海外の選手のことは詳しいようです。しかし、ジーコ・ジャパンにはあまり興味がないようで、先日のオーストラリア戦も見てはいましたが、熱心に応援するでもなく、他の日にやっている別のカードの方を熱心に見ています。

 私も付き合って見ていますが、やはり日本と他国の力量の差は如何ともし難いものがあると、どうしても感じてしまいます。(そりゃ、ブラジルやイタリアなんかと比べちゃ可哀想ですけど・・・)

 サッカー素人の私が見ていて、一番の違いを感じたのは「決断力」ですかね。戦術の決断ではなく、一瞬のプレーの決断力が、日本人選手はどうしても劣っているというか、“遅い”という気がします。

 以前、バッティング講座『球の見きわめ』(2)でも書きましたが、「人間の意思決定は脳が無意識のうちに行なって」います。多分、サッカーでも意思決定の繰り返しだと思いますが、特に最後のシュート場面では、この一瞬の判断が日本人選手はどうしても「意識して」判断してしまっているような気がします。

 以前のエントリーにも書きましたが、脳の働きの中に「意識」が介在してしまっては、結果がよくないことが多いのです。卑近な例で言うと、「緊張して上手くできない」というやつです。本当は人目を気にせず集中してやれば上手くいくのに、人前だと緊張して上手くいかないケースがありますけど、ひとつひとつの動きの意思決定に「意識」が介在してしまっているからなのです。

 これが、もしかしたら「決定力不足」の原因なのかもしれません。サッカー強豪国の選手は、思いもかけないプレーをしたり、「ここでシュートなの?」なんてこともドンドンやってきます。一流のプレーヤーほどそうなのかもしれませんが、プレーに躊躇がありません。

 まぁ、そうは言っても後がないのですから、開き直っていけばまだチャンスはあると思います。ナショナル・フラッグを賭けて戦っている選手たちを応援しないわけにはいきませんから、また精一杯応援します!

 ・・・でも、今日のエントリー、今の巨人の若手選手にも同じことが言えるんだよなぁ~(泣)

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2006年5月13日 (土)

最近、腹の立つこと

 私は「好き嫌い」が激しいです。実は人付き合いもちょっと苦手(人見知り?)ですし、好き嫌いがすぐに顔に出るらしいです。(単なるワガママ?)

 そして、「ひねくれ者」でもありますから、人が好きなものが嫌いだったり、人が見向きもしないものが好きだったりします。「B級グルメ通」を自称していますが、何気なく見つけた美味しいお店が、その後ちょっと混むようになると、すっかり行かなくなったりします。

 

 最近、見ていて無性に腹が立つのが「亀田三兄弟」。先日も試合をTV中継していましたが、あんなレベルの低い試合を公共の電波使って流すなって感じです(見ていませんが・・・)。スポーツ番組で試合の様子見ましたが、ありゃ反則でしょ(頭抑えつけて、側面から強打でした)。

 ボクシングはあくまでもスポーツであって然るべきですが、マスコミに上手くノセられて(って言うか、マスコミを上手く使って)、単なるショー化してしまっています。・・・でも、亀田兄ってホントに強いんですかね?

 誰だか忘れましたが、亀田兄と同じ階級の選手のポスターに「亀田くん、たまには日本人と試合しましょうよ」ってコピーが書いてあったのが笑えました。最近のボクシング事情(定石?)では、弱い選手をタイあたりから呼んできて勝利を重ねていくのが、世界戦への早道なんだとか。・・・でも、亀田兄ってホントに強いんですかね?

 タイ・ボクシング界などは、そうした「噛ませ犬」供給元に成り下がっているのが現状なんだと、私の友人のボクシング狂が言っていました。でも、あんまり負け過ぎると日本では試合できなくなるルールがあるので、「噛ませ犬」を沢山育成する必要があるのだとか。・・・でも、亀田兄ってホントに強いんですかね?

 そのボクシング狂曰く、「亀田のガード崩すのは簡単」だそうです。

 

 それと、あと無性に腹立たしいのが「細木○子」。・・・みなさん、彼女の正体知っているんですかね?(多分、星さんあたりは知っているはず。笑) これについては、また機会があったら殴り書きしたいとおもいます。まぁ、「巨人が優勝する」とか「ホリエモンが世界にはばたく」とか、占いが当たらないのはもはや有名ですが・・・。

 そういやぁ、亀田も細○もTBSが低迷脱出にその命運を賭けたタレントですね。そんなことしてるから、村上さんや三木谷に狙われちゃうんですね。・・・みなさん、マスメディアには騙されないようにしましょう。

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2006年2月26日 (日)

そりゃないよ!

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←4位入賞を果たした皆川賢太郎

 1本目に佐々木明の8位と皆川の3位を見て、少し寝て「さぁ、いよいよ2本目だ」と2時前に大きな期待とともに起きました。

 1回目17位の湯浅が2回目3位の好タイムで滑り、日本チームに良い流れをもってきたのに・・・、今オリンピック私が一番の期待(ファンなだけですが)の佐々木明が“やっちゃいました”。スタート直後、2番目か3番目の旗門だったかもしれませんが・・・、跨いじゃいました(途中棄権)。

 佐々木の真骨頂は、「直線的で挑戦的な滑り」です。ですから、途中でコースアウトしてしまうことは多いのですが、いくらなんでもスタート直後というのは・・・、そりゃないよ!せめて、途中ラップくらいはドキドキさせてほしかった。

 でも、一番悔しいのは本人でしょうし、これも果敢に“攻めた”結果ですから、やはり佐々木らしいと言えばそうなのかもしれませんね。「ぼくは、ジュニアに“カックイイ”って思ってもらえる滑りをしたい。コンスタントに成績を残すタイプじゃないし、そういうのは賢太郎さんや湯浅に任せます。」って言ってましたし。

 私は、中学校で「クラス対抗大回転」でクラス代表になった(レベル低ぅ)“自称”スキー1級。(笑) 冬季オリンピックでは、いつもアルペン競技に釘付けです。今までも海和俊宏、岡部哲也、前回のソルトレークでも木村公宣に大きな期待がかかったことがありましたが、今回のオリンピックは近年になくハイレベルの3人(いずれもW杯で10位以内の経験)が代表に選ばれました。特に佐々木は直前のシュラートミング大会でも自身2度目の2位でした。

 佐々木の挑戦的な滑りは、欧州のライバル達にも影響を与えているそうです。優勝したライヒも、佐々木の“滑り”を信奉する一人なのか、1本目首位に立っても2本目も果敢に攻めて“途中棄権”することも多かったそうです。・・・でも、今回はキッチリ滑っていましたけど。(笑)

 3位に0.03秒差の4位でメダルに一歩届きませんでしたが、猪谷千春さん(現IOC副会長)の1956年コルティナダンペッツォ五輪銀メダル以来の好成績を残した皆川賢太郎。彼は、ソルトレイクではやはり木村公宣の影に隠れて二番手でした。しかも、途中棄権。そして4年後の今回も佐々木の影に隠れていましたが、見事な雪辱でした。佐々木とは対極にある、基本に忠実な“求道者”のような滑りで、偉業を達成したと言っても良いのではないかと思います。おめでとうございます!

 これで、佐々木も少しは滑りが変わるかな?それとも、スタイルを変えずまた4年目を目指すのでしょうか?

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2006年2月24日 (金)

すがすがしい「メダル」

top20060224NN000Y0562 「涙が出てきちゃう」・・・受験を終えたばかりの娘が、早朝からトリノ五輪・フィギュアの荒川静香の演技を見てこうつぶやきましたが、人を魅了してやまない素晴らしい演技でした。

 個人的には村主章枝を応援していたので、彼女がやはり素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたことは満足でした。でも、やはり得点方法の変更の影響なのでしょうか、思ったほどいい点数が出なかったようで、本人もかなり不満顔でしたが、きっと村主ファンはみんな満足したに違いありません。

 先日のエントリーにも書きましたが、この大舞台でどうやってプレッシャーに打ち克つのでしょうか?あのスルツカヤでさえジャンプを2回も飛べなかったり、コケてしまうような、想像もできないような重圧の中で・・・。

 スルツカヤは本当に残念でした。彼女自身も、前回のソルトレイク後に母親が大病に苦しみ、自身も今も「自己免疫疾患」という難病と戦っているそうですが、「That's life(それも人生さ)」と言ってのけるその強さはどこからくるのでしょうか?しかも、自分が失敗した演技後も充実感溢れる笑顔を見せ、勝者を称えるその姿。2位のコーエンもそうでしたが、“すがすがしさ”をリンクに残してくれました。

 「スポーツをする者にとって、最も辛いのは負けることだ。しかし、ジャック、その時、堂々と勝者を称えることを決して忘れないように。それこそがスポーツマンであり、スポーツの醍醐味なのだから」。ジャック・ニクラウスの父親の言葉を思いだしました。

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2006年2月22日 (水)

ガンバレ ニッポン!

MM20060222062624288M0 今朝のフィギュア、感激しました。荒川静香、村主章枝の演技には、鳥肌がたちました。演技の途中から涙が出てきてしまいました。

 全ての選手がこのオリンピックに照準を合わせ、ベストのパフォーマンスを見せられる状態にしてくるのでしょうが、(1・2位の選手もそうでしたが)日本人の2選手は素晴らしい完璧なパフォーマンスを見せられたのではないでしょうか?この日に「ベスト」をもってこれる凄さ、素晴らしいです。

 特に荒川選手は、直前でコーチを変えたり、曲を変更したりで不安だったかもしれませんが、そんなことは微塵も見せませんでしたね。

RTR200602220058  それと、フィギュアという競技に限らないのでしょうが、やはり類稀な「精神力」があってこそなのだということを思い知らされました。安藤美姫も、実力はあるのかもしれませんが、やはり「若さ」が出てしまいましたね。荒川・村主は、やはり「格」が違いました。

 フィギュアの得点差というのはどうやってつくのかよく分かりませんし、メダルなんてどうでもいいですけど、やはり素晴らしいパフォーマンスには惜しみない賛辞を送りたいと思います。

 ・・・村主の高速スピンは、フリーまで封印でした。最後はあのスピンで観客を大いに魅了してもらいたいと思います。

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2006年2月21日 (火)

シャニー・デービスの快挙

MM20060218203625529M0 女子カーリングは惜しかったですね。トリノのここまでで一番盛り上がったんじゃないでしょうか?“マリリン”、可愛かったですし・・・。(NHKのアナウンサーは、大のマリリン・ファンだったみたいで、“マリリン・ショット”連呼していましたね。)

 

 

 冬の競技は個人種目が多いのですが、やはりカーリングのような団体競技は面白いですし、やはり熱くなります。本当は冬季五輪で一番人気なのはアイスホッケーなのでしょうが、日本は出場できませんでしたから、放送もあまりありませんね。

 しかし、スケートやアルペン・スキーといった個人種目でも、実は「チーム力」が勝敗を左右しています。日本人選手のメダルも期待できたスノーボード男子ハーフパイプで金・銀を独占した米国チームなどは、試合前に円陣を組んで気勢をあげ、まるで高校球児のようでした。

 そんな中で18日に行なわれたスピード・スケート男子1000mで、黒人選手初の金メダルを獲得したシャニー・デービス選手はまさに“快挙”でした。davis

 スケート競技に黒人選手が少ないのは、1番目の理由としてやはり「お金がかかる競技」だということです。バスケットボールや野球が(無料で)できる公共施設は沢山ありますが、スケートリンクとなるとそうはいきません。スケートリンクの確保には多大な資金が必要ですし、トップ選手なら夏季中でも氷の上でトレーニングしなければなりません。(日本では夏季でも滑れるリンクはないそうです)

 水泳に黒人選手がいないのも同様の理由だと言われています。日本のようにすぐに海で泳げる環境にはありませんし、学校には必ずしもプールがあるわけではありません。水泳もお金がかかるのです。(黒人アスリートは体脂肪が異常に低くて、水泳に向いてないって説もありますが・・・)

 人種的な問題はよくわかりませんが、少なからず影響しているのでしょう。長野五輪女子フィギュアで、フランスの黒人スケーター スルヤ・ボナリー選手が演技中に(禁止されている)バック・フリップ(宙返り)をしたのは、やはり黒人に対するスケート連盟の差別に「抗議」するためだったのではないかとも言われました。

 デービス選手は「差別」について語っていませんが、逆に陸上やバスケット・ボールを選ぶ仲間からは、“オレオ”(日本でも売っているあの黒いビスケット、差別用語)と呼ばれ、からかわれたそうです。

 米国チーム内でも何かと物議を醸して、チームからひとり離れて、カナダでコーチを受けていたそうです。今大会では団体追い抜きのメンバー入りを辞退して、5000mの金メダリスト ヘドリックから非難され、「愛国心がない」と国内メディアからも非難されたりもしています。・・・「僕は1000mを狙っていた。ヘドリックに聞いて欲しい。5000mのレース前日に団体追い抜きがあっても、それに出場したかい?」。

 こうしたことには賛否両論はあるでしょうけど、今や各国のチーム力が個人種目の勝敗を左右する中、チームから離れて実力で金メダルをとったデービスに惜しみない拍手を送りたいと思います。

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 前述のスノーボードの日本チーム、読売新聞によると「まるでサークル活動のようだった」そうです。“ナントカ兄妹”っていうのが話題をさらっていましたが、今やあんな指導法(「父親との指導法、意見の食い違い」とか言っているようなレベル)で世界に通用するほど甘くないってことですかね。アメリカチームの“円陣”を見習ったほうがまだマシです。

 日本チームとして最も機能しているアルペンチーム、佐々木明くんの「一発」に期待しましょう!

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2006年2月20日 (月)

高橋竜二選手を知っていますか?

 トリノ・オリンピックは、今一つの盛り上がりですね。昨日は、ジャンプ・ラージヒルが行われましたが、長野オリンピックのような日本人選手の活躍は見られませんでした。

 長野のジャンプ競技で、テスト・ジャンパーを務めた高橋竜二選手をご存知でしょうか?オリンピック前には話題になりましたから、覚えていらっしゃる方も多いかもしれませんが、彼は難聴のジャンパーでした。

 北海道では、小学生のころから少年団を結成してアルペン・スキーやノルディック・ジャンプを練習しています。「○○ジャンプ少年団」というのがいたるところにあり、そうした中からオリンピック選手が育っています。こちらで、少年野球を地域ぐるみでやっているのと同じです。

 高橋くんは生まれつき耳が聞こえませんでしたが、少年のころからやはり地元のジャンプ少年団に所属していました。当初はアルペン選手を目指したそうですが、スタートの合図が聞こえないのでやむなくジャンプに転向したのだとか。でも、ジャンプも「風の音を聞きながら競技する」と言われるほど、音は重要な要素なのだそうですが、彼はそのハンディを克服しようと“チャレンジ”したのです。

 ジャンプを始めた当時を振り返って高橋くんは、次のように語っています。

 「少年からの少年時代は耳が聞こえないということに他の人が理解してくれなかった。ますますミジメっていうか、孤独感が強くなっていった。でもジャンプをはじめてから周囲の人も理解してくれますよネ。心も何か開いていくような感じで・・・。「耳が聞こえないこと」を恐れないで、自分が他の人と同じと思って行動すれば、周囲の人も認めてくれるっていうか、わかってくれますよネ。」

 ジャンプ少年団という育成プログラムがあると言っても、そんなに指導者層が厚いわけでもありませんし、コーチの方々もみな身内みたいなものですから、ジャンプに携わっている人はみな小さなころから高橋くんを応援していました。

 しかし、高橋くんは当時の原田や葛西、船木といった代表選手など多くの選手が所属する企業には就職しませんでした。いや、できなかったのかもしれません。彼は、北海道高等聾学校専攻科歯科技工科という学校を卒業して、将来の生計をたてるために「歯科技工士」として働いていたのですが、競技には個人エントリーできないため、就職先の支援を受け「水戸歯科スキークラブ」所属選手として出場していました。

 長野オリンピック直前の「STV杯」。代表はほぼ決まっていましたが、残りの代表を選ぶ重要な大会でした。その大会で、高橋くんは1回目首位に立ちます。2回目は途中で1度キャンセルになるほどの強風の中行われたのですが、1回目首位の高橋選手は最終ジャンパーです。勝てば、もちろん初優勝です。

 前述したようにジャンプの競技関係者はみな身内みたいなものですから、コーチや競技スタッフはもちろん、スターターや場内アナウンサーも、高橋くんが小さい頃から応援してきた“仲間”です。大会前の「残る代表は誰?」なんてことはもうすっかり忘れて、高橋くんの初優勝をみな祈っていました。

 そして、高橋くんのジャンプ。・・・130mの最長不倒、見事に初優勝を決めるジャンプでした。

 ジャンプは成績の悪い順で飛ぶのですが、この時は強風でキャンセルのため“飛び直し”しなければいけない選手が、実質優勝を決めた高橋くんの後に控えていましたので、場内アナウンサーはその選手の名前を呼ばなければいけません。しかし、アナウンサーは放送ブースの中で感激に咽び泣き、次の選手名を暫く告げることが出来ませんでした。ベテラン・スターターの方も、選手仲間も他チームのコーチも、そしてご両親も・・・。テレビのアナウンサーも声を詰まらせていました。私もこのジャンプ大会を見ていましたが、場内の誰もが感激していたのを覚えています。・・・その時の2位は、今回のトリノで8位入賞を果たした岡部選手でした。

 この大会で高橋くんは優勝したのですが、残念ながら長野の代表には選ばれませんでした。しかし、長野オリンピック本番では、競技続行が危ぶまれた強風の中、テスト・ジャンパーとして131mの大ジャンプを見せ、競技が再開され、日本の金メダルへ貢献したことはあまり知られていないかもしれません。しかも、競技再開後、131m以上飛んだ選手は誰もいなかったことも・・・。

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2006年2月 7日 (火)

「私の履歴書」J・ニクラウス

JNicklaus 今月の日経新聞「私の履歴書」は、米プロゴルファーのジャック・ニクラウス氏が寄稿していますが、彼がゴルフを始めたばかりのころに教わったレッスン・プロとの逸話を、“生涯の師”として次のように紹介しています。

 その生涯の師はジャック・グラウト。昼メロの主人公も務まるほどのハンサムだった彼は、腕前はプロ級だったものの腰の故障でプロを断念。ニクラウスが通うゴルフ場のレッスン・プロとしてやってきたそうです。

 -----以下、引用-----

 当時、10歳になったばかりの私は周囲の子供たちと同じようにクラブを振り回すつもりで、クラブに振り回されているようなものだった。それでもレッスンにはいつも一番乗りで駆けつける私にグラウトは何かを見いだしてくれたらしい。
 「いいぞ、ジャッキー坊や。その調子で振りまくれっ」。短所を矯正するのではなく、長所を伸ばそうとするグラウトの教え方は幼い私にゴルフの楽しみ、そして何よりも自信を植え付けてくれた。
 スイング中、決して頭を動かさないこと。腕を大きく使い、スイング・アークをできるだけ大きくすること。肩をこれ以上はいかないという限界まで回すこと。グラウトの個人レッスンを受けるようになった私は、ゴルフの基礎、基本、ファンダメンタルズを叩き込まれた。
 とはいえ、彼のコーチ振りはいわゆるスパルタとはほど遠い。たとえば、三日連続で練習場に通い、数え切れないほどのボールを打ち込むことがあった。その間中、グラウトはほとんど言葉を発することなく、じっと私の練習風景を見守るだけだった。
 ある時、ようやく彼が口を開く。「オーケー。それじゃ少し、グリップを調整してみようか。左手を幾分強めに(かぶせて)握り、右手は弱めにしてみよう」。私の記憶が確かならば、三日間の合宿を通じて彼が私に投げかけた唯一の言葉がこれだった。
 「クラブを天空に突き刺すようにできるだけ高く、そして長く」。グラウトの言葉に従って、私は身体を目いっぱい使い、大きなスイングを心がけた。「若い時はとにかく身体を伸ばして、長いボールを打つことを覚えよう。まっすぐに打つことは後で学べばいい」
 彼の正しさは後に私がトップ・プロになった時に証明される。グラウトと作り上げたスイングが繰り出すボールの弾道はいずれも高く、長い。難攻不落のコースが多いプロ・ゴルフの世界において、これは有力な武器になった。
 ジャック・グラウトが世界で最も優れたコーチだったかどうかはわからない。ただ、少なくとも私にとっては偉大なコーチだった。私を励まし、自信を与え、友人のように接してくれた。悩み、振り返った時、そこにはいつもグラウトの柔和な微笑みがあった。いつでも、どんな時でもゴルフをするのは楽しいことなのだと教えてくれた。彼の優しい声をは今でも私の耳になつかしく鳴り響いている。「ヘイ、ジャッキー坊や。それじゃ、練習場へ行ってみようか」―

 -----以上、引用終り-----

 田口や小久保と高畠コーチ、松井秀喜とマッティングリー・コーチ、そして先日の小澤征爾さん。これまで、このブログでも紹介してきた逸話と似たものがあります。

 もちろん、グラウトはニクラウス少年の中に非凡なものを見いだしたからこそなのかもしれませんが、何よりも優先して教えたのが「ゴルフの楽しさ」だったのかもしれません。だからこそ、一線を退いたジャック・ニクラウスの耳にまだ彼の声が残っているのでしょう。

 ジャック・ニクラウスは、父親に“教わった最も重要なこと”は「スポーツマンシップ」だと語っています。「いいかい、ジャック。スポーツをする者にとって、最も辛いのは負けることだ。しかし、ジャック、その時、堂々と勝者を称えることを決して忘れないように。それこそがスポーツマンであり、スポーツの醍醐味なのだから」

 

 ・・・今日もまた、新米C監督さんを勇気づけるエントリーでした。(笑)

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