遅ればせながらTwitter始めてみました。
hidecoach で探してみてください
あまりつぶやけないかもしれないし、フォローもあまりできないかもしれませんけど・・・
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NBonlineの中の記事で知ったのですけど・・・
にしこり って何だか知っていますか?
野球系のBBSなんかで、昔たくさん書き込みあったそうですけど、私は知りませんでした。
テニスの錦織くんじゃありません。
(ヒント)
にしこり
・・・全然ヒントになってない?
正解は・・・
↓
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しつこいですけど、私は田口壮選手が大好きです。(笑)
彼のプレースタイルが好きなんですよね。
日本人メジャー・リーガーは増えましたが、野手として成功するのはまだまだ難しいです。去年、田口とチームメイトだった井口も日本へ帰ってきてしまいましたけど、長年活躍できているのはイチローと松井秀喜くらいしかいません。
そんな中で、7年間も“日本の野球スタイル”をメジャーで貫いている田口は凄いと思うわけです。決して恵まれた体格でもないし、渡米当初はとてもメジャーには上がれないと思っていたのですけど、でも3年目でそれを成し遂げた、しかも名門セントルイスでですからね。(なぁ~んてことを何回もこのブログで書いたような気がするなぁ~。ホントしつこい)
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こんにちは!
WBCのチケット、見事はずした少年野球コーチです。皆さんは、ちゃんとゲットしましたか?
土曜日の10時きっかりにポッチってクリックしたんですけど、「ただいまアクセス集中しています。再度アクセスし直してください」の画面になり、次につながった時には「売り切れ」。事前抽選に申し込んでおけばよかった・・・。友達は抽選に当たっているんですよねぇ~
急に話は変わりますが、私はこんな仕事もしています。
↓
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マイクロソフトのビル・ゲイツ氏、年明けに引退の花道を飾ったわけですが、TV番組「デビット・レターマンショー」で彼の功績を称えています。
英語がわからなくても・・・笑えますヨ^^;
こちらもどうぞ→「ビル・ゲイツ最後の1日」(ビル・ゲイツの迷演技、見事です。)
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昨日で最後のエントリーにしようと思ったのですが、徹夜明けで目がさえてしまったので、最後にもう一本。今年最も心に残った話を書こうと思います・・・。
タイトルは「Stay Back」ではありません・・・、「Stay Hungry、Stay Foolish.」。これは、今年6月に、昨年、今年と世の中を席巻しているiPodとMacで有名なApple Computerの創業者スティーブ・ジョブスが、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの中で学生に送ったメッセージです。
-----以下は、その講演の要旨です。
ジョブスの母親は未婚の院生で、彼の事は生まれてすぐに養子に出すことに決めていたそうです。「育ての親は大卒でなければ」と頑なに思っていたのですが、運悪く育ての親となったのは「労働者階級」(彼の言葉そのままです)の両親でした。
でも、生みの親の希望どおり、ジョブスはリード大学に進学することができたのですが、半年で退学してしまいます。大学進学のために育ての親の貯金を使い果たし、その稼ぎの殆どを大学へ納めなければならなかったからでした。しかも、やりたいことは見つけられない・・・。
大学を辞めてからも彼は、リード大学の興味ある授業は聴講することができたそうです(よく分からない制度ですが・・・)。ただし、寮には自分の部屋はないので友人の部屋の床で居候、食事はと言えば、コーラの空き瓶を集めて5セントづつ稼いで餓えを凌ぐか、7マイル歩いて教会が用意したホームレス用の食事(「これが無茶苦茶旨い」とは彼の弁)にありつく、夢とは無縁の生活を送っていたそうです。
大学を辞めた彼は相変らず好きな講義は受けていたそうですが、彼が最も興味を惹いたのはそのキャンパスのいたるところにある美しい「飾り文字」でした。どうやったらこの飾り文字ができるのかが知りたくて、彼はその講義を受けることにしたのですが、その美しさ、歴史、科学的には説明できない微妙なアートを感じてすっかり夢中になりました。活字の組合せに応じて文字間を調整する方法を学び、この美しい文字を表現するには何が必要かを学んだそうです。
勘のいい方ならお分かりかもしれませんが、この経験は、彼が後に開発することになるマッキントッシュのフォントに活かされています。彼が学んだ丸ごとが、マッキントッシュの設計に組み込まれ、美しいフォント機能がついた世界初のコンピュータが誕生したのです。WindowsもMacのパクリですから、彼が大学を中退していなければ、文字間調整フォントや今あるような美しいフォントがパソコンには搭載されず、このブログでも相変らず機械的な味気のない文字でしか文章を書いていなかったかもしれませんね。(笑)
その後、自宅のガレージでアップルを“創業”したジョブスは、10年で従業員4000人、20億ドル企業にまで育て上げましたが、自分が雇った経営者にクビにされます。当時、マスコミでは“負け犬”扱いで、彼も失意のどん底のようでした。「自分のせいで、今まで数多いた「創業者」の業績が地に落ちた。自分に渡されたバトンを自分で落としてしまった」と。
しかし彼は再びクリエイティブ魂をよみがえさせ、ピクサー・アニメーション・スタジオを設立します。もう一度一から出直し、世界初のCGアニメーション映画「トイ・ストーリー」を世に出しました。もう一社、NeXT社も立ち上げるのですが、これは新しい機能を搭載したワークステーションを開発していました(ただし、この会社は失敗しましたが)。そして、結婚も・・・。
実は、失敗したNeXT社をAppleが買収する形でジョブスは古巣へ復帰するのですが、NeXT社のコア技術がiMacのMac OSの根幹をなしており、Mac復活の立役者なのです。その後、iPodが世界的な大ヒットを成し遂げますが、あのクリエイティビティもピクサーでの経験があったからこそかもしれませんね。
彼が17歳のとき、「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」という言葉をどこかで読んだそうです。それは彼にとって強烈な印象を残した言葉だったのですが、その思いを更に強くする出来事が昨年ありました。・・・すい臓癌で「余命6ヶ月」と宣告されたのです。
ところが、内視鏡検査で顕微鏡を覗いていた医師は、その腫瘍を見たとたん急に泣き出してしまいました。・・・すい臓の腫瘍は極めて特殊な形状をしていて手術可能なことがわかり、彼は一命を取り留めたのです。
ここから先は、私の軽々しい言葉では何とも歯がゆいので、スタンフォードの卒業生へ送る彼の言葉をそのまま引用します。
「以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。
君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。
私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。
それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。
スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。
最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。『Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)』。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。『Stay hungry, stay foolish.』
それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。」(翻訳:市村佐登美)
※この翻訳全文はココに掲載されています。リンクフリーのご好意により、引用させて頂きました。
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