「高校野球」の力
先日ご紹介した『高校野球「裏」ビジネス』。
「ダルビッシュの親父、とんでもない!」なんて叫んでしまいそうな(笑)、センセーショナルな内容なんですが、著者の軍司貞則さんは、全国を飛び回って高校野球の指導者の方々に直接会い、丁寧な取材をされています。
その中で紹介されていた茨城県の水城高校 山野隆夫校長のエピソードにちょっと感動してしまいました。
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先日ご紹介した『高校野球「裏」ビジネス』。
「ダルビッシュの親父、とんでもない!」なんて叫んでしまいそうな(笑)、センセーショナルな内容なんですが、著者の軍司貞則さんは、全国を飛び回って高校野球の指導者の方々に直接会い、丁寧な取材をされています。
その中で紹介されていた茨城県の水城高校 山野隆夫校長のエピソードにちょっと感動してしまいました。
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野球関係者がみんなこんなんじゃない・・・ってことを信じてもらいたいです。でも、ここに書かれた「汚れた少年野球界」の姿は真実でもあります。
「利権」をめぐる醜い争いは、自民党や官僚以下だってこと・・・、本書では書かれていない、もっと「ずるい」ことも沢山あるのが現実だったりします。
もちろん、我がチームには無縁ですけどネ^^
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「君のためなら千回でも!」召使いの息子ハッサンはわたしにこう叫び、落ちてゆく凧を追った。同じ乳母の乳を飲み、一緒に育ったハッサン。知恵と勇気にあふれ、頼りになる最良の友。しかし十二歳の冬の凧合戦の日、臆病者のわたしはハッサンを裏切り、友の人生を破壊した。許されざる仕打ちだった。だが二十六年を経て、一本の電話がわたしを償いの旅へと導くーー。(Amazon.co.jpより)
舞台はアフガニスタン。78年のクーデター、翌年のソ連による軍事侵攻、その後の内戦とタリバンによる人権蹂躙、そしてアメリカによる空爆・・・
物語は平和だった時代から始まりますが、激動の時代へと移り変わると同じように人々の人生も激動の中へとうごめいていきます。「激動」その背景には宗教、民族、差別などの問題があるのですが、平和な我々日本人にとっては活字では分かっていても、なかなか実感できなかったかもしれません。
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メジャーリーグのキャンプ情報が毎日テレビで映し出され、大統領予備選の結果が刻々と伝えられる。そして私も毎日のようにMLB.comをチェックする。・・・メディアに限らず、アメリカの情報は溢れかえっていますが、私たちはアメリカの本当の姿を知っているでしょうか?
全体の5%が富の95%を占めているというアメリカ。日本でも「格差社会」と言われていますが、今のアメリカの姿は日本の将来の姿なんでしょうか?
そんなことを思いつつ2冊の本を読みました。
まずは、「アメリカ下層教育現場」
今までも「アメリカ教育事情」みたいな本は沢山ありましたが、どれも臨場感に乏しく、陳腐なものも多かったと思います。本書は、メジャーリーグなどの話題も書いているノンフィクションライター 林壮一氏の教師としての体験記で、現場の「生」を伝えてくれます。
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今日はちょっと風邪気味なので、チームの練習を休ませて頂いています。
先週末に出張だったのですが、宿泊先で朝起きるとノドが痛い![]()
こりゃヤバイかな、と思ったら微熱も出てきて・・・。辛い中、金曜日の夜に帰ってきたのですが、その日は合計6時間も電車に乗っていて、空調が効きすぎたのかうたた寝で寝汗をかいたりして、これがまたいけませんでしたね。
でも、土曜日も朝から仕事にどうしても行かなきゃならなくって、状況はよくならず、明日からの仕事も休むわけにはいかないので、今日の野球は休ませてもらいました。
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不世出の左腕といわれた嶋清一(しませいいち)(1920~45年)が野球殿堂入りを果たした。
和歌山・海草中(現向陽高)のエースとして、39年(昭14)、夏の甲子園大会で全5試合を完封、準決勝、決勝を連続ノーヒットノーランの偉業を達成。明大在学中に結婚、学徒出陣し、戦死した。その剛球伝説と、一瞬の青春を関係者の証言や貴重な資料写真で浮き彫りにした。・・・(2008年1月12日スポーツニッポン)
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『スポーツニュースは恐い~刷り込まれる〈日本人〉』 この本、前々から読もうと思っていたのですが、この正月にやっと読むことができました。
なぜ“スポーツニュースは恐い”のか? スポーツニュースによって私たちは何を“刷り込まれている”のか?・・・
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今年も、もう終わりですね。皆様、この1年、いつもこの駄ブログを訪問して頂きありがとうございました。
まだ3日間ありますけど、私にとっての今年の「一番」を発表したいと思います。(そんな大そうなもんじゃありませんね)
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ハイ!今日は久々の「B級グルメ」カテゴリー、あのミシュランも見逃したと思われる隠れた名店
・・・なわけないか
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早稲田大学ラグビー部や全日本の監督も務められた日比野弘氏の座右の銘は「努力は運を支配する」だそうです。
これは、昨年亡くなられたラクビー界の至宝 宿澤広朗さんの言葉です。
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8日(火)にNHKで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」をご覧になった方もおられるかもしれませんが、日本唯一のDRAMメーカー エルピーダの坂本幸雄社長は、日本体育大学野球部出身の異色の経営者です。
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このブログの左サイドにもその著書を2冊紹介させて頂いていますが、デイビット・ハルバースタム氏が急逝しました。・・・残念です。
ベトナム戦争報道でピュリッツァー賞を受賞した屈指のジャーナリストですが、「さらばヤンキース(October1964)」や「男たちの大リーグ(Summer of '49)」などメジャーリーグを取り上げたノンフィクションも秀逸です。
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昨年、にかほ市のTDKが悲願の初優勝を果たした都市対抗野球は、80年の歴史を誇る伝統の大会です。その都市対抗野球では、最優秀選手を表彰する「橋戸賞」の他に、敢闘精神あふれる選手に贈られる賞「久慈賞」という賞があります。昨年は、日産自動車(横須賀)の吉浦選手が受賞しています。
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ご存知の方も多いと思いますが、この本の著者島田洋七さんは、かつての“漫才ブーム”の時にB&Bで一世を風靡しましたが、広島の広陵高校に野球推薦で入学したほどの“野球少年”でした。
『佐賀のがばいばあちゃん』は確か、紫電改さんや健の母さんもブログでかつて取り上げていらっしゃったと思いますし、最近では映画にもなっていますから気にはなっていたのですが、ある理由があってどうしても読めませんでした。でも、先日本屋で立ち読みしたのをキッカケに、ついに読んでしまいました。
生まれてすぐに父親を亡くした洋七さんは、8歳で広島から佐賀のおばあちゃんに預けられます。このばあちゃんは、戦後の混乱期にやはり女手ひとつで7人を育て上げた“がばい”(すごい)ばあちゃんで、洋七さんは中学校を卒業するまで、このがばいばあちゃんの許で育てられることになります。
佐賀での暮らしは貧しさを極めるのですが、このばあちゃんは何とも明るいのです。「昨日、今日貧乏になったわけじゃねぇ。ず~っとうちは貧乏だ。心配することねぇ」。貧乏に関するいろんなエピソードが出てきますが、どれも面白く、でも心に染み入る素晴らしいものです。決してお世辞にも上手な文章ではありませんが、朴訥とした心温まる本です。1~2時間ほどで読めてしまいますから、一度是読んで見てください。
私がこの本をずっと読めなかったのは、やはり私も7歳からずっと祖母に育てられたからです。うちのばあちゃんは、年金とわずかな和裁での収入で私を育ててくれたのですが、島田洋七さんほどではありませんが、やはり我が家は周りのご家庭に比べれば貧しい生活だったかもしれません。多分この本を読むと、うちのばあちゃんとダブってしまって、涙で読めないんじゃないかと思っていたのですが・・・、やはりそうでした。(汗)
うちのばあちゃんも、“がばい”ばあちゃんでした。一度中学のとき、私がいわゆる“悪さ”(タバコだったかな?)をして、ばあちゃんが校長先生から呼び出しを受けたことがありました。他の友達の母親たちも一緒です。私は朝からずっと職員室で正座させられていたのですが、うちのばあちゃん、こともあろうに逆に校長にお説教を始めたそうです。
お説教の中身までは知る由もありませんでしたが、担任の先生から「お前んちのばあちゃんにはホント参るよ」とニタリ顔で言われたことを今でも思い出します。ばあちゃんのおかげで(?)、私達は無罪放免になりましたが、それ以来、うちのばあちゃんは学校ので超有名人&人気者になりました。・・・今でも中学の時の友達に会うと必ず“ばあちゃんの話”になります。
私も島田洋七さんと同じく、小学生のころから近所の原っぱで野球をやるようになりました。学校から帰ると、カバンを放り投げ空き地に毎日集合し、毎日試合をやっていました。グラブやバットはいつも借り物でしたが、ある日学校から帰ると家にユニフォームが置いてありました。もちろん背番号は「3」。それを着て得意気に空き地へ繰り出した日のことは、今でも鮮明に覚えています。
中学でも先輩のお下がりのグラブを使っていた私は、高校に入学が決まった日に真っ先にスポーツ用品店に連れてってもらいました。そこで初めてバットとグローブを買ってもらったのですが、その時のRawlingsのグローブは大学になってもずっと使っていましたし、もちろん今でも大切にしています。
当時はどこの家庭でもそうだったと思いますが、自分の子どもが野球をやっていても、親が応援に来るなんてことはなかったと思います。うちのばあちゃんも、小学校時代から一度も野球を見に来たことはなかったと思います。しかも野球にはまるで“興味なし”でしたし・・・。
でも、高校2年生の時だったと思いますが、夏の甲子園予選の1回戦。私はセカンドで出ていて、その試合は逆転決勝タイムリーを放った試合だったのですが、喜んで家に帰るとばあちゃんが「今日は打ったね」。こっそりスタンドで試合を見ていたのでした。・・・やんちゃな高校生でしたが、すごく嬉しかったのを覚えています。
今から思うと僅かな収入しかない中ずっと野球をやらせてくれたことは、ばあちゃんに本当に感謝しています。何不自由なく育ったとは世間的には言えないのかもしれませんが、私にとっては何不自由なく大人になることができました。
ばあちゃんが死んで10年以上が経ちますが、今になってますます感謝の気持が強くなっています。「親孝行、したいときには親はなし」を地でいっているような気がしますが、曾孫の顔を見せられたことだけが孝行だったかもしれません。
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この本は二人の経済学者が書いた、サッカーと野球の「比較文化経済史」です。
前半部分は、欧州でのサッカーと米国での野球の発展を歴史的な観点から検証していますが、特にサッカーには疎い私にとっては、かなり「目から鱗」でした。
なぜサッカーは世界的に普及し、野球はそうならなかったのか?・・・何となくは分かっているつもりでしたけど、これほど緻密な検証にはお目にかかったことはありませんでした。(ただ、経済学者の書いた本ですから、かなり丁寧に読まなきゃついていけません。)
サッカーと野球。これほど対照的なスポーツはないかもしれません。
サッカーはノーベル平和賞候補になるほど「世界平和に貢献」しているイメージがある一方で、フーリガンの存在があったり、政治的な背景も強かったりします。MLBに代表される野球は、スポーツである前に「エンターテイメント・ビジネス」であるという視点が強く、「ビジネス努力=ファン・サービス」という図式が成り立ちますが、欧州のサッカーでは、ファン・サービスは皆無に等しいそうです。それでも、ファンは自らのプライドに酔うためにスタジアムに足を運ぶのだそうです。(日本のプロ野球ファンもこれに近い?)
後半は「経済学者ならでは」のサッカーと野球の経営分析です。「なぜ、野球は儲かるのに、サッカーは儲からないのか?」、「なぜ、野球は戦力均衡によってビジネスが成り立っているのに、サッカーは戦力の差が大きいままなのか?」、「なぜ、サッカーは財政危機に陥ったのか?」・・・。前半部分より興味深く読めます。
この本はあくまでも「欧州と米国」という視点で書かれていますが、日本は「先月テレビの前でWBC王ジャパンに釘付けになっていた人も、6月にはジーコ・ジャパンを夜更かししながら応援する」国です。もしかしたら、こんな国は日本と韓国くらいかもしれません。・・・これも面白いテーマですから、誰か分析してくれないでしょうかね?
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今月の日経新聞「私の履歴書」は、米プロゴルファーのジャック・ニクラウス氏が寄稿していますが、彼がゴルフを始めたばかりのころに教わったレッスン・プロとの逸話を、“生涯の師”として次のように紹介しています。
その生涯の師はジャック・グラウト。昼メロの主人公も務まるほどのハンサムだった彼は、腕前はプロ級だったものの腰の故障でプロを断念。ニクラウスが通うゴルフ場のレッスン・プロとしてやってきたそうです。
-----以下、引用-----
当時、10歳になったばかりの私は周囲の子供たちと同じようにクラブを振り回すつもりで、クラブに振り回されているようなものだった。それでもレッスンにはいつも一番乗りで駆けつける私にグラウトは何かを見いだしてくれたらしい。
「いいぞ、ジャッキー坊や。その調子で振りまくれっ」。短所を矯正するのではなく、長所を伸ばそうとするグラウトの教え方は幼い私にゴルフの楽しみ、そして何よりも自信を植え付けてくれた。
スイング中、決して頭を動かさないこと。腕を大きく使い、スイング・アークをできるだけ大きくすること。肩をこれ以上はいかないという限界まで回すこと。グラウトの個人レッスンを受けるようになった私は、ゴルフの基礎、基本、ファンダメンタルズを叩き込まれた。
とはいえ、彼のコーチ振りはいわゆるスパルタとはほど遠い。たとえば、三日連続で練習場に通い、数え切れないほどのボールを打ち込むことがあった。その間中、グラウトはほとんど言葉を発することなく、じっと私の練習風景を見守るだけだった。
ある時、ようやく彼が口を開く。「オーケー。それじゃ少し、グリップを調整してみようか。左手を幾分強めに(かぶせて)握り、右手は弱めにしてみよう」。私の記憶が確かならば、三日間の合宿を通じて彼が私に投げかけた唯一の言葉がこれだった。
「クラブを天空に突き刺すようにできるだけ高く、そして長く」。グラウトの言葉に従って、私は身体を目いっぱい使い、大きなスイングを心がけた。「若い時はとにかく身体を伸ばして、長いボールを打つことを覚えよう。まっすぐに打つことは後で学べばいい」
彼の正しさは後に私がトップ・プロになった時に証明される。グラウトと作り上げたスイングが繰り出すボールの弾道はいずれも高く、長い。難攻不落のコースが多いプロ・ゴルフの世界において、これは有力な武器になった。
ジャック・グラウトが世界で最も優れたコーチだったかどうかはわからない。ただ、少なくとも私にとっては偉大なコーチだった。私を励まし、自信を与え、友人のように接してくれた。悩み、振り返った時、そこにはいつもグラウトの柔和な微笑みがあった。いつでも、どんな時でもゴルフをするのは楽しいことなのだと教えてくれた。彼の優しい声をは今でも私の耳になつかしく鳴り響いている。「ヘイ、ジャッキー坊や。それじゃ、練習場へ行ってみようか」―
-----以上、引用終り-----
田口や小久保と高畠コーチ、松井秀喜とマッティングリー・コーチ、そして先日の小澤征爾さん。これまで、このブログでも紹介してきた逸話と似たものがあります。
もちろん、グラウトはニクラウス少年の中に非凡なものを見いだしたからこそなのかもしれませんが、何よりも優先して教えたのが「ゴルフの楽しさ」だったのかもしれません。だからこそ、一線を退いたジャック・ニクラウスの耳にまだ彼の声が残っているのでしょう。
ジャック・ニクラウスは、父親に“教わった最も重要なこと”は「スポーツマンシップ」だと語っています。「いいかい、ジャック。スポーツをする者にとって、最も辛いのは負けることだ。しかし、ジャック、その時、堂々と勝者を称えることを決して忘れないように。それこそがスポーツマンであり、スポーツの醍醐味なのだから」
・・・今日もまた、新米C監督さんを勇気づけるエントリーでした。(笑)
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先日のエントリー「子どもはどこへ行った?」で、“キャッチボール禁止”の公園がいかに多いかを嘆いていたところ、実は国土交通省の外郭団体「日本公園緑地協会」なる社団法人の「キャッチボールができる公園づくり推進会」という懇話会が、“公園におけるボール遊びの現状調査と、身近な公園でキャッチボールができるようにするための方策について検討を重ねて”きたことを知りました。これには、(社)日本野球機構(NPB)も資金的援助をするそうですから、結構本腰を入れているようです。
東京都港区では、ボール遊び・自転車乗りなどの“禁止看板”を改め、「他人に迷惑をかけないように遊びましょう」と書き換えているそうです。フェンスなどの施設の充実や大人の協力なども必要ですが、ガイドラインを設けることによってマナーを自覚させることも、この運動の目的だとか。
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自身もプロ野球選手を目指した伊集院静の物語では、いろんな場面で「キャッチボール」が出てきます。「心と心が通じ合う瞬間、まるでキャッチボールのように・・・」、「あの時、どうしてあんなにときめいたのだろう。見上げたボールの先は、どうして青空だったのだろう。いとしい人とひとつのものを見つめた、あの思いがよみがえる。」・・・
なんかセンチメンタルになってしまいましたが、かの鬼才 寺山修二も「私たちは初対面の挨拶と言うのはなかった。私たちはただ、ボールを見せて「やるか?」とだけ言えばよかったのである。」 と言っています。・・・そんな時代がまた来るのでしょうか?
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私は、どうも女性作家が苦手です。 しかも、この『博士の愛した数式』を書いた小川洋子さんは、芥川賞作家ということもあって、どうしても手が出ない一冊でした。
でも、この本の内容は色んなところで紹介されており、キーワードが「数学」と「野球」だと知って、いつかは読もうと思っていた本です。既に単行本でベストセラーとなっていますし、今月の21日からは映画が封切られるので、この物語をご存知の方も多いと思います。・・・私は、映画を見る前に原作を本を読む主義なので、このお正月に急いで読むことにしました。
数学の“美しさ”に魅せられた記憶障害の数学博士と、その博士への慕情を募らせる家政婦の「私」とその息子「ルート」。そして、“もうひとりの主役”江夏豊(とその背番号「28」)。
映画では、「博士」は寺尾聰、「私」は深津絵里、「ルート」はTVドラマ『砂の器』で名演技を見せた斉藤隆成くん。わたし的にはベスト・キャストです。監督は『阿弥陀堂だより』(秀逸な映画でした)の小泉堯史。・・・きっと、『ドライビング・ミス・デイジー』のような、やわらかな優しい心に包まれる素晴らしい映画になったはずです。・・・是非、見に行きたい映画です。
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先日紹介しました『4アウト』を読みました。・・・「やっぱり野球って素晴らしい」って、又感じちゃいました。
そもそも私は「障害者野球リーグ」の存在すら知りませんでした。でも、この本は、決して「障害者が一生懸命野球に取り組む」話しではなく、「野球の試合に勝つために、どう取組んだか」というアスリートの物語です。
しかし、矢本監督はじめその主人公達のスタートラインは、他人より少し“後ろ”にあったのですが、それは「障害」というハンディキャップではなく、障害を持っているが故の「気持」の問題でした。・・・そして、彼らは「『障害』を『可能性』に変えた男たち」なのです。
障害者チーム「東京ブルーサンダース」は全国一を目指すわけですが、そこには様々な事情を背負った人々が集まります。でも、チームを作るキッカケはチーム代表を務める「オッサン」の“真剣な野球をやりたい”という情熱でした。その情熱が矢本監督の心を動かし、更にキャプテンになる島田の人生をリスタートさせることになります。
最初の3ヶ月間は部員3人だけ、9人揃うまでにはかなりの時間がかかってしまい、最初の大会は臨時部員の協力でなんとか出場するのですが、当然ボロ負け。でも、この敗退が本当のスタートだったのです。
野球が人の人生にこれほどまでに影響を与えたことは、指導者の端くれの私にとってはとても嬉しく、とても羨ましくも感じました。
試合の結果については、これから読まれる方のために書きませんが、また“泥だらけになって野球をやりたくなる”本です。・・・でも、この本も電車の中で読むのは“危険”です。
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平山譲さんのスポーツ・ドキュメントは面白いです。野球ではありませんが、かつて「ファイブ」というアイシン・バスケットボール部の本が話題となり、テレビでも紹介されたことがありました。感動して胸が震えました。
この「4アウト」も、「障害者野球リーグ」日本一を目指したノンフィクションだそうです。・・・実はまだ読んでいませんが、必ず読もうと思っています。
(コピーより)
勤務先の事故で右腕を失ったキャプテン。
脳梗塞で左半身不随のエース。
水頭症による歩行障害、交通事故での右脚切断…病気やケガで大好きな野球も、人生も諦めていた彼らが、熱血監督のもとチームを結成した。
「障害者野球リーグ」日本一を目指しあらゆる困難と闘った彼らに、奇跡の瞬間が―。
逆境と闘うすべての人々に贈る、勇気と感動が漲るノンフィクション。
一度は「3アウト」を宣告された人生。でも、まだ終わったわけじゃない―。
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「この本、絶対電車の中で読んだらダメだよ」と人から薦められたのがこの「東京タワー」(リリー・フランキー著)でした。今はベストセラーになっていますから、既に読んだ方も多いかもしれませんが・・・、久しぶりに本を読んで大泣きしました。
イラストレーターでエッセイストのリリー・フランキーの今までの半生を、“オカン”への鎮魂記として書かれているのですが、彼は私と全くの同世代でもあり、その時代背景や考え方、そして母親に対する想いが全て自分と重なります。
オカンは晩年を息子とともに東京で暮らすのですが、息子の友人もみなオカンを慕います。“業界”の飲み会やパーティーにも何故か場違いなオカンがいたりするのですが、必ず誰かがオカンを招待しているからです。そんなオカンが病気になり、息子の友人達がみな見舞いに来てくれるシーンを読んでいた時には、思わず本を投げ出し隣りの部屋で一人泣いてしまいました。(家内は怪訝な顔をしていましたが・・・)
オカンの遺書の中に短い文章が残されていたのですが、これが心打つ素晴らしい詩です。
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母親というものは無欲なものです
我が子がどんなに偉くなるよりも
どんなにお金持ちになるよりも
毎日元気でいてくれることを
心の底から願います
どんなに高価な贈り物より
我が子の優しいひとことで
十分過ぎるほど倖せになれる
母親というものは
実に本当に無欲なものです
だから母親を泣かすのは
この世で一番いけないことなのです
(葉祥明:「母親というものは」)
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この本の中では殆ど出てきませんが、リリー・フランキーも野球少年だったそうです。女手ひとつで子どもを育てて決して裕福な家庭ではなかったのですが、オカンは自分のことは我慢してでも、息子にはグローブ買ってくれたそうです。私も早くに両親を亡くし祖母に育てられましたから、グローブ買ってもらうのも祖母はかなり無理したはずです。でも、その時の「ありがとう」のひとことも言えずに祖母は他界してしまいました。心残り、無念です。
最初は家内にもこの本を読ませようとしましたが、やはり薦めるのはやめときます。
もしこれから読まれる方がいましたら、やはり電車やバスの中では読まないほうがいいですよ。
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「マネー・ボール」を読んで以来、私はオークランド・アスレチックスのファンです。
アスレチックスは、2003年にスーパースター遊撃手のテハダを放出し、昨年は投手3本柱のうちの2人、ハドソンとマルダーが移籍、11勝をあげたレッドマンまでもがチームを去ってしまいました。古くはMVPプレーヤーのジオンビがヤンキースへ移籍していますが、これは100年の伝統を誇るにもかかわらず年間予算が潤沢ではないチームの宿命なのです。
既にご存知の方も多いとは思いますが、「マネーボール」の中でマイケル・ルイスが紹介したアスレチックスGMビリー・ビーンの選手分析手法は、それまでの野球の常識を覆すようなものでした。「打率・打点よりも出塁率を重視する」、「無死1塁のケースは、送りバントや盗塁するよりも強行したほうが得点する確率が高い」・・・。ドラフト指名でも戦略を駆使して上位指名を勝ち取り、どんなに有望と思われる選手でも高校生は絶対指名しません。あくまでも、“即戦力”の大学生以上を指名します。
それにしても今年は、ハドソンとマルダー二人が抜けた穴が大きく、シーズン前は苦戦が予想されていました。シーズン序盤では敗戦が続き5月までは最下位でしたが、シーズン中盤以降は快進撃を続け、さすがにプレーオフ進出自体は危うくなってはいますが、堂々の成績を残しています。しかし、選手個々の成績(25日現在)を見てみると、打率ではコッツェーの.281、本塁打はアスレチックス一筋チャベスの25本が最高で、盗塁に至ってはケンドールの8個という結果です(もっとも、マネーボールによるとアスレチックスは“盗塁とバント”は厳禁だそうですけど・・・)。やはり、“打率、打点ばかりを気にしていては、野球は強くならない”ってことの証明なのでしょうか。(どこかの、4番バッターばかり集めた日本のプロ野球球団にも教えてあげたい・・・)
今シーズンの予想だにしなかった快進撃を支えているのは、もちろん大黒柱ジートの活躍(14勝)もありますが、実質今年がルーキー・イヤーのジョンソン(打率.280)、22歳のクローザーのストリート(5勝22セーブ)など若手がビリー・ビーンの思惑どおりに育っていることです。(もちろん、藪の活躍も・・・)
それに加えて、監督3年目のケン・モッカの手腕も見逃せません。モッカと言えば、かつて中日で活躍した“助っ人”、今でも名古屋では人気があるそうで、あのイチローの少年時代の“アイドル”だったそうです。彼は、「日本でプレーした経験は、監督という職業に大きく影響している」と語っています。日本の野球からは、“常に冷静になる”ことを学んだそうです。GMビリー・ビーンの補佐を努めているマット・キーオも、阪神で活躍した投手です。彼のスコア分析能力もチームを支えていますが、これも日本球界から学びとったことは言うまでもありません。
大リーグの「最優秀監督賞」は日本のプロ野球のそれとは違い、必ずしもシーズンを制した監督から選ばれるのではなく、“本当に優秀な”監督が選ばれます(昨年はア・リーグ西地区2位レンジャーズのバック・ショウォルター監督が受賞)。ケン・モッカ監督が、この賞を獲る日は近いかもしれません。
★「コーチ」もお勧めですよ!