5.オリンピック(1)
雪国だったふるさとは、10月下旬にはもう野球はできなくなる。年末クリスマスあたりには雪が積もりはじめ、ゴールデンウィークあたりまでは外で野球はできない。その間、子ども達の楽しみは何といってもスキーだった。
私も従兄のお下がりのスキーをもって、毎日のようにスキーへ出かけた。スキー場は、ちょっと遠出する墓地だった。遠出と言ってもスキーを履いて“スケーティング”しながら出かけるので、歩くと30分以上かかる道程もあっという間だった。
目指す墓地は、冬場はすっかりお墓が雪に覆われていて恰好のゲレンデ。林もあって、1本1本の木をポール代わりにしてコースを作って遊んだ。近所の公園で野球をやるように、誰彼ともなく約束なんかしてなくっても、毎日墓地に集まった。
入団して初めての冬、地元で冬季オリンピックが行われた。
市内に地下鉄も走り、家の近所にも駅が出来た。一気に都会になったような気がした。
オリンピックが開催された約1週間、学校も休みになった。先生方が、オリンピックにボランティアで参加するためだったのだが、私もその期間オリンピックに夢中になった。
ある日、祖母と地下鉄に乗ったら、外国人が隣の席に座ってきた。多分、間近で見る初めての“外人”・・・、きっと祖母もそうだったはずだ。たった3つか4つの駅を乗っただけだが、異常に緊張した。
ところが祖母は何故だかすっかり上機嫌になって、手にていた落花生をプレゼントした。「これどうぞ」って・・・
もちろん言葉が通じるはずもなく、しかもどこの国からやってきたのかも分からなかったが、多分「ありがとう」と言ってにこやかに電車を降りていった外人選手は、実にさわやかだった。
そして、意外と社交的というか、物おじしない祖母の姿を何となく見直した気がする。
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